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岩瀬達哉 / キツネ目 グリコ森永事件全真相

2021年3月9日初版 講談社 80年代の注目未解決事件を事実の積み上げにより真相に迫るノンフィクションが大成功。拉致された江崎社長の自宅の状況、堤防道路での運命の15秒、名神高速・栗東のニアミス。警察内部の実情も明らかにして興奮。

北野武 / 浅草迄

2020年10月30日初版 河出書房新社 小説「フランス座」までの生い立ちまとまた格好の自伝小説2編。「足立区島根町」はお馴染みの少年時代ネタ満載。表題作はあまり語られなかった高校や大学時代のエピソード多く興味深い。併録随想はブツ切れネタ集。

川上弘美 / 三度目の恋

2020年9月25日初版 中央公論新社 伊勢物語モチーフに現代と江戸と平安の3時代の恋愛シンクロさせ秀逸。夢での接続に強引感あるも、現代の二世帯住宅と吉原の遊郭や平安の貴族邸の女房生活も丁寧に描写し感嘆。ナーちゃんと高岳さんとの関係も絶妙。

宇佐見りん / 推し、燃ゆ

2020年9月20日初版 河出書房新社 21歳で芥川賞受賞は推し中心の日々送る女子高校生の気持ちの動きを描いて見事。挿入されるブログの文章効果的で、グッズを買うためのバイト先の飲食店の詳細など巧み。主人公とアイドルが共に転落する展開に興奮。

ジェームズ・M・バーダマン / アメリカ黒人史——奴隷制からBLMまで

2020年12月10日初版 ちくま新書 NHKブックス「アメリカ黒人の歴史」を改稿、2章加えた意欲作に興奮。奴隷船の実像、南部の実態と脱出に貢献した地下水道、数度に渡ったKKKの盛り上がり、ジムクロウ下で活躍した運動家や教育者も紹介し圧巻。

佐々木敦 / 小さな演劇の大きさについて

2020年6月20日初版 Pヴァイン テン年代の小劇場演劇についての文章まとめた一冊は新しい演劇の登場を目撃する流れ面白く、コロナ禍だからこそ沸き上がる演劇愛を再認識。チェルフィッチュやサンプル、地点、飴屋法水や新興勢力の活動を鋭く紹介。

今村夏子 / 木になった亜沙

2020年4月6日初版 文藝春秋 想い通りにならず流転重ね変身してしまう女性描く3編がともに強烈。触ったものを誰も食べない女性が割り箸となって想い果たす表題作凄まじく細かな描写力も圧巻。ボールから逃げる主人公への声援が演劇的で鮮やか。

ブレイディみかこ / ワイルドサイドをほっつき歩け

2020年6月5日初版 筑摩書房 イングランド南部のおっさんたちの生態描いた1章の各エッセイが秀逸。作者の仲間たちで意見割れたEU離脱、緊縮財政で生じた社会の歪みを中年たちの生き様を通して明らかにして圧巻。世代分析する解説編は蛇足か。

中川一徳 / 二重らせん 欲望と喧噪のメディア

2019年12月12日初版 講談社 「メディアの支配者」の続き描いた新作はテレビ朝日とフジテレビの支配を巡る権力闘争の軌跡を明らかにして衝撃的。田中角栄の存在、旺文社・赤尾家のやり口、上場の真相、村上ファンドの登場も興味深く会心の一作。

古矢旬 / アメリカ合衆国史④グローバル時代のアメリカ

2020年8月21日初版 岩波新書 冷戦時代から21世紀のトランプ政権まで描くシリーズ最終巻は、時事的な動きもおさえつつ新自由主義の台頭など経済の動きも丁寧に追って秀逸。レーガン政権による共和党の変貌が鮮やかに描かれ、富の配分が歪になる様もクリア。

森見登美彦(企画・原案:上田誠) / 四畳半タイムマシンブルース

2020年7月29日初版 KADOKAWA ヨーロッパ企画の代表作が四畳半神話大系と融合し面白さ抜群。タイムマシンの辻褄合わせくどいが、灼熱地獄の下鴨幽水荘に蠢く住人たちの描写よく、エアコンのリモコンへの執着楽しい。後輩女子の明石さんも魅力的。

村上春樹 / 一人称単数

2020年7月20日初版 文藝春秋 6年ぶり短編集は自身が前面に出る私小説風ファンタジー多めの嬉しい8作。チャーリーパーカーやビートルズ、ヤクルトスワローズなど趣味的蘊蓄の入れ方効果的。表題作のバーでの顛末は近年の恐い世情感じさせ戦慄。

高山羽根子 / 首里の馬

2020年7月25日初版 新潮社 芥川賞受賞作は沖縄・港川を舞台に郷土資料館を手伝う未名子の日々と社会の現状を巧みに切り取って好感。異国の人々との交流もつオペレーターの仕事はやや謎だが、幻の宮古馬の登場と関わり深める終盤の展開は見事。

磯崎憲一郎 / 日本蒙昧前史

2020年6月25日初版 文藝春秋 グリコ森永、平相銀、五つ子、大阪万博、横井庄一など昭和史彩った事件と主役を連続して描いて出色の出来映え。事実と創作の混ぜ方巧みで谷崎賞受賞も納得の今年最大の成果。実験的な句読点の入れ方も意外に効果的。

高橋秀実 / パワースポットはここですね

2019年10月25日初版 新潮社 榛名神社、清正井から江ノ島、伊勢神宮まで全国のパワースポットを取材し、多様な文献参照し参拝者にも積極的に話聞き持ち味発揮。近所の川崎周辺探索面白いが、「新潮45」連載作で神社ばかり目立つ構成に違和感。

村上春樹 / 村上T 僕の愛したTシャツたち

2020年6月4日初版 マガジンハウス 「ポパイ」連載エッセイの単行本化は各地で手に入れたTシャツを写真見せ紹介。軽妙なコメント効果的。サーフィン、ハンバーガー、ウイスキー、ビール、ロックなどジャンルごとに並べ、ビジュアル的にも楽しい一冊。

遠野遥 / 破局

2020年7月30日初版 河出書房新社 芥川賞受賞作は公務員志望のリア充慶大生の日常描き共感度ほぼゼロ。母校のラグビー部で後輩をしごき、恋人も次々に変える性生活、上から目線で世の中眺める展開に嫌気。ただ、最終盤で訪れる唐突な破局がシニカル。

梯久美子 / サガレン 樺太/サハリン境界を旅する

2020年4月24日初版 KADOKAWA 2誌に連載の「サガレン紀行」単行本化は2部構成。前半の紀行ものは鉄道オタクぶり発揮。林芙美子や北原白秋らの足跡挿入も効果的も樺太史も概観でき秀逸。宮沢賢治の足取りメインの後半は分析研究にやや走りすぎ。

村上春樹 / 猫を棄てる 父親について語るとき

2020年4月25日初版 文藝春秋 自身の父について京都での生い立ちから戦中の苦難も含め味わい深く詳述し資料的価値も十分。住職の家に生まれ2度の応召、京大卒業後の教員生活も鮮明。表題の夙川から香櫨園の浜へ猫を棄てに行くエピソードが秀逸。

絲山秋子 / 御社のチャラ男

2020年1月21日初版 講談社 ジョルジュ食品舞台にチャラな三芳部長と同僚の視点や日々の生活描き会心。あるある満載の会社員生活。メンヘルな生真面目キャラの伊藤雪菜や野心家な新人・池田かな子ら面白く、シニカル展開も見事で切れ味抜群。

村田沙耶香 / 丸の内魔法少女ミラクリーナ

2020年2月29日 角川書店 小3から魔法少女ごっこ続ける36歳OLが主役の表題作はじめ収録4作ともぶっ飛び展開で本領発揮。初恋男子を監禁する女子大生描く「秘密の花園」や性別隠す学校や怒りのない近未来社会描いた小品も切れ味鮮やか。

阿部和重 / オーガ(ニ)ズム

2019年9月25日初版 文藝春秋 神町サーガ最終章はオバマ訪問控えた新都と菖蒲家巡りCIA苦闘の800頁超大作。阿部親子が巻き込まれ役コミカルに演じ、育児ネタ楽しい。世田谷宅でのタイテルバウムとの共同生活、神町の地名盛り込みも嬉しい。

ローレンス・レビー / PIXAR 世界一のアニメーション企業の今まで語れなかったお金の話

2019年3月19日初版 文響社ピクサー社の元CFOが1995年頃のピクサーの経営実態を綴って興奮の一作。オーナーであるスティーブジョブズとの対話、トイ・ストーリー公開前夜の驚異的な惨状、株式公開に向けた苦闘を財務面から詳述し新鮮。

角野栄子 / 「作家」と「魔女」の集まっちゃった思い出

2019年9月26日初版 角川書店 自分の生い立ち、両親や娘について、個々の作品の成り立ち、ブラジル時代や各国を旅した思い出など掲載誌不明のエッセイもたっぷり転載し充実。18年のアンデルセン賞受賞スピーチも入り童話作家の内実に触れ興奮。

中野耕太郎 / アメリカ合衆国史③20世紀アメリカの夢

2019年10月18日初版 岩波新書 注目シリーズ第三弾は黄金の20世紀前半描くも論文引用多用、ややアカデミック寄りの内容が少し残念。それでも移民政策の変遷、ニューディールの内実などの解説鋭く、終戦後の核の脅威に脅える米国の姿にも納得感。

古川真人 / 背高泡立草

2020年1月30日初版 集英社 芥川賞受賞作は長崎の島にある実家の納屋の草刈る親族を軸に時代ばらばらの寓話差し込み意外な立体感。過去の人ほど方言きつく読みにくい徹底ぶり。漁師の親にカヌー買い与えられた少年の独白は現代風で臨場感抜群。

金成隆一 / ルポ トランプ王国2

2019年9月20日初版 岩波新書 好評ルポ第2弾も同じオハイオ州などラストベルトの市民の声を丹念に拾って持ち味発揮。帰還兵バスで出会う男たちのヘビーな日常強烈で現在も背負うベトナムの悪夢辛い。保守的なバイブルベルトの考え方も理解進む。

貴堂嘉之 / アメリカ合衆国史②南北戦争の時代

2019年7月19日初版 岩波新書 奴隷国家の転換点の戦争を中心に19世紀の米国の軌跡をシニカルに詳述し会心。鉄道敷設のためバッファロー駆除し先住民を追い込みフロンティア消滅した経緯に驚愕。奴隷解放後も続いた黒人差別の実情も厳しく解説。

町田康 / 記憶の盆をどり

2019年9月30日初版 講談社8年ぶり短編集は近年の不調払拭する傑作揃い。記憶なくす男をミステリアスに描いた表題作秀逸で、半七親分を横文字多用しチャンドラー風に料理した文久二年閏八月見事。百万円貰い音楽才能失う男の消費詳述面白い。

小熊英二 / 日本社会のしくみ 雇用・教育・福祉の歴史社会学

2019年7月20日初版 講談社現代新書 日本社会規定した日本的経営を戦前戦後まで遡り分析し秀逸。賃金体系や労使関係の変遷、日本の働き方の成り立ちに膨大な資料で迫り興奮。終身雇用と年功賃金の意外な浅い歴史指摘。お家第一主義との相関分析欲しい。